2008年08月07日

千の風の千の意味

Yahoo知恵袋にこんな素敵なのが載っていましたので紹介したいと思います。

このような質問がありました。

千の風になっての「千の風」とは?

「千の風になって」という歌を聞きました。すごく素敵な歌です。
ところでこの「千の風」とはどういう風のことなんでしょうか。風には、微風、そよ風、のようにいろいろな種類の風がありますが、これら沢山(千)の種類の風という意味でしょうか。


そして、それに対しての答えが

I am a thousand winds that blow;ですので、たくさんの種類の風のことだと思います。
森羅万象、その時々に吹く風すべてになって、あなたの傍にいつまでも居ますと言う意味ではないでしょうか?

風が頬をなで、髪が風でなびいた時、きっとその人は傍に居るんでしょうね。


私も同じように思います。
Waling Tourにしても共通して言えるのは、ずっとそばで見守ってくれてると言うことですね。

ちょっと、ホッとしました。
posted by ちゃけ at 23:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月01日

千の風になって

アメリカ合衆国発祥とされる詩、通称『Do not stand at my grave and weep』に、小説家でありシンガーソングライターでもある新井満が日本語での訳詩を付け、自ら作曲を務めたことにより生まれた楽曲。

実は、『Do not stand at my grave and weep』を日本に紹介したのは、坂本九さん葬儀に時に、葬儀委員長を務めた永六輔さんに紹介したデーブ・スペクターさんらしいです。
そして、実際永六輔さんは坂本九さんの葬儀で朗読されました。

最近では、アメリカの同時多発テロの時にまた注目され、日本では秋川雅史さんが歌って大ヒットしましたね。






posted by ちゃけ at 21:11| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月31日

仏事とグリーフケア

一般に、葬儀社は故人の死後すぐの、最も精神的に不安定な時期の遺族と接しますので、グリーフケアは重要なテーマです。
仏壇店は故人の死後、ある程度たってからの遺族と接します。墓石店の場合は、さらに時間がたってからのことが多いでしょう。
グリーフワークの状態は、故人の死後どれくらいの時期にあるかによって異なりますので、各業界の接客は、顧客がどの段階にあるのかを考えて接する必要があります。

葬儀社は単に事務的に接客や葬儀を行うのではなく、遺族が故人の死や故人に対する思いに向かい合えるように、葬儀の意味を教え、葬儀の形を共に考えながら、 故人の個性や人生を表現した葬儀を行なったり、思い出ビデオやアルバムを制作することは、マイナスではないでしょう。

実際、葬儀までの遺族は、気丈に振舞おうとしますが、ショック期にあって悲しむ余裕も、人の話を聞く余裕もありません。悲しみが襲ってくるのは、一通りの事務的な作業が終わって、1人になってからです。ですから、この時期のアフターケアが重要です。
遺族は故人の死や思い出について話したいにもかかわらず、話す相手がいないことが多いので、葬儀後も遺族と接して話を聞いてあげたり、手紙を送ることは効果的です。

仏壇やお墓は、故人と対面し、故人に対する思いを確認し、新たにするためのきっかけとして、グリーフケア的に見ても重要な意味があります。
仏壇店や墓石店では、このグリーフケアにおける仏壇やお墓の意味を理解して、さりげなく遺族に説明するのが良いでしょう。

仏壇に向かい合うことによっては、個人として毎日、故人と向かい合うケースが多いですし、お墓には家族で季節ごとに向かい合うケースが多いでしょう。 また、法要では、親族で数週間ごと、あるいは数年ごとに故人と向かい合えます。
これらの仏教的な行事・習慣は、それぞれに少しずつ異なった形で、遺族のグリーフケアに寄与することができます。 これらの場では、単に遺族の悲しみを押さえることを目的とするのではなく、遺族が故人に対するそれぞれの感情と向かい合えるようにすることが重要です。

ところで、「グリーフケア」と仏教はどう関係するでしょうか?
仏教はもともと、煩悩をなくすことを目指す厳しい思想です。ですから、愛する者の死別を体験した時にも、愛や生といったものへのこだわりを捨てる機会にすることを説きます。つまり、仏教は悲嘆を感じる大本の原因であるこだわりから取り除こうとするのです。
これは、悲嘆の感情を自然なものとして受けとめ、表現させる「グリーフケア」とは方向性の違った考え方です。
ですが、感情や心を正しく観察していくというところまでは同じだと言えるでしょう。
また、仏教の中でも、普通の人間の心がそのまま仏の表れであると考えて、あるがままの心を大切にする本覚思想の考え方は、「グリーフケア」やカウンセリングと近い部分があります。
また、故人が浄土に往生したという考えや、追善供養の考えは、遺族の慰めになります。ですが、だからと言って「泣いていてはダメだ」と言って悲しみを押さえることは、グリーフケア的には正しくありません。

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2008年07月30日

グリーフケアの考え方

「グリーフケア」の基本的な考え方は、悲嘆の表現として現れる様々な感情や行動などを、正常なものとして、共に受けとめることです。つい、我々はそれらを良くないことだと説得したり、悲しまないように励ましたりしてしまいがちです。ですが、そうしないように注意することが必要です。
悲嘆を取り除いたり、解決したりすることはできません。

日本の社会環境は、悲しみを充分に表現することを良しとしていません。特に、大人の男性には、悲しみを見せないことが望まれています。周囲の人間も、お寺さんも、悲しまないように慰めたり励ましたりしますが、悲しみを表現するようにはサポートしません。

不用意な勇気付けは、病的なプロセスに陥らせることがあります。
悲しんでいる遺族を前にすると、自分がその悲しみを分かち合うつらさから逃れたいと思うめに、つい、励ましの言葉をかけてしまいます。
頭で合理的に考えて、感情を抑えようとしても無理です。感情を抑えることは逆効果になります。
悲嘆の様々な感情を正常なものとして認め、それを表現し、共に受けとめることが必要です。

共に受けとめることの基本は、ただ遺族の感情や行動を認めながら話を聞いてあげることです。側にいるだけで、肩に手を置くなどのボディタッチだけでも、不安やショックを分かち合う姿勢を見せることで、それを和らげることができます。

「お気持ちは良く分かります」と言えば、「分かるはずないだろう」と反発されます。遺族の悲嘆を完全に共有したり、理解することはできません。
「さぞかしつらいでしょうね」という言葉が適当です。悲嘆を認めて、受けとめることが必要です。

悲嘆は数年続くことがありますから、「いつまでも嘆いていてはダメだ」と叱咤することは好ましくありません。
遺族が充分に悲嘆しきっていない段階であるのに、新たなことに気を向けさせることも逆効果です。
本人が故人にこだわっている場合、無理に忘れさせたり、故人に触れないようにするよりも、故人の思い出などで慰めることの方が効果的です。
死別の事実を認め、「○○さんが亡くなって残念です」と率直に言うことも良いでしょう。

いくら頭ではおかしいと理解していても、他人に怒りを向けたり、自責の念を感じてしまいます。これを一方的におかしいと責めるのは逆効果です。そう感じることは自然だと受けとめさせることで、やがてそういった感情は薄れていきます。

悲嘆の感情表現をあまりしない人は、立ち直っていると考えるのは早急です。悲嘆を充分に表現できない人の方が、大きな悲嘆、大きな問題を抱えている場合があります。
そのような人の場合は、悲嘆を表現できるようにサポートしましょう。

悲嘆が大きくて受けとめることが辛い場合、故人のことを喋りたくない、思い出したくないと思います。ですから、無理矢理聞き出すことは避けましょう。
しかし、いつまでも避けていると、「グリーフワーク」は進みません。少しづつでも、故人の死の悲しみを受けとめるようにさせましょう。

故人のことを思い出すことが辛い時期には、故人の思い出の品を処分したり、あるは引越しをしたくなることは良くあります。
ですが、故人の思い出は、後に大切なものとすることができますので、一時の感情で処分や引越しをしないように勧めましょう。

様々な感情が強すぎる時には、アルコールや精神安定剤なども助けになります。
ですが、これらは悲嘆を受けとめ、それを表現することの妨げになることもあります。あまり依存しすぎると、正常に「グリーフワーク」を進むことができなくなります。

悲嘆を表現する方法としては、詩を書くとか、故人に対して手紙を書いてみるといったことも効果的です。
また、「グリーフケア」を目的とした専門の会などに参加することもできます。利害関係のない第三者の、専門家やグリーフワークの経験者に話を聞いてもらうことは、とても効果的です。
場合によっては、こういった方法も勧めてみましょう。

病気による死別などの場合、遺族の悲嘆は死別の前に始まります。
この場合も、家族の悲しみなどの感情の表現を、正常なものとして受けとめる必要があります。そして、死別までにすべきことを冷静に考えて、悔いを残さないようにアドバイスする必要があります。

「グリーフケア」を行う人間は、遺族から様々な感情を向けられることがあります。怒りが向けられることもありますし、反対に、特別信頼できる人間のように頼られることもあります。
こういった感情には左右されないようにする必要があります。例えば、「私にお怒りのように見えますが」と言って、遺族にそのことを気づかせるのがよいでしょう。

「グリーフケア」を行う人は、遺族の悲しみに共感する必要があります。これは遺族同様に悲しく、つらい作業ですから、大きなストレスを受けます。特に、親族の死別を経験したことのある人の場合はそうです。
ですから、「グリーフケア」を行う側の人間にも、疲労感、無力感、憂鬱、不眠など、遺族同様の症状が現れることがあります。
あまり無理をしないようにし、自分自身に対しても、同様のケアを行う必要があります。つまり、自分自身のストレス、感情を受けとめる必要があるのです。
posted by ちゃけ at 15:19| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月29日

グリーフワークの反応

「グリーフワーク」での悲嘆は様々な形で現れます。それらの反応を以下にまとめてみましょう。

●身体的症状
身体的苦痛、のどの緊張感、呼吸障害、疲労感、食欲喪失、消化に関する諸症状、睡眠障害、気力喪失、頭痛・嘔吐・消化不良・筋力の欠如・動悸などの身体的愁訴、故人と同じ症状の出現、アルコールや薬の依存 など

●心理的症状
故人の面影にとりつかれる、思慕、罪責感、憂鬱、不安、怒り、敵意、孤独、自尊心の欠如、絶望、非現実感、疑い深さ、幻覚 など

●行動的反応
号泣、故人の行動の模倣、行動パターンの喪失 など

●認知的反応
思考・判断速度の低下、集中力の欠如 など

より具体的に書けば、以下のような様々なケースがあります。

・故人の話を避ける ・仕事や学業に専念する ・死の細部にこだわる ・引越しや転職などの大きな決断を簡単する ・孤独を避けるために他人との接触を求める ・医者などに敵意を向ける ・遺族を置いて逝ってしまった故人に怒りを感じる ・充分な看護や孝行ができなかったことや自分が死の原因を招いたのではないかなどと思って自分を責める

などなどが起こりがちです。

日本人に特徴的と言われているのが、「思慕」の感情を長く引きずることです。
ただ、思慕のあり方は変化してきます。死別直後は、故人が亡くなったことを認められないような形の思慕であったものが、徐々に、故人を思い出として大切にしていくような思慕に変っていきます。

繰り返しになりますが、こういった反応・感情が起こることは、基本的には正常なことなので、自他共に、これを否定せずに受け止めていくことが必要です。

悲嘆の反応が、遺族の中で違う場合、様々な問題が起こります。
1人が悲しみで落ち込んでいると、そのためにもう1人は悲しみに耐える傾向があります。すると、落ち込んでいた人が立ち直った時には、逆にもう1人の方には悲しみが襲ってきます。
また、1人が故人の思い出にひたりたいにもかかわらず、もう1人が忘れようとしていれば、互いに相手を理解できず、衝突してしまいます。
個々人の悲嘆の表れ方の違いを理解して、互いに相手を思いやる必要があります。

(鎌倉新書グリーフケア参照)
posted by ちゃけ at 22:52| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月28日

グリーフワークのプロセス

一般的な「グリーフワーク」のプロセスは、以下のようなものです。

1. ショック期
最初、愛する人の死に接した時、人は茫然として、無感覚の状態になります。一見冷静に受け止めているように見えますが、これは現実感を喪失した状態なのです。死があまりに大きなショックであるため、はっきりした反応が現れないのです。また、正常な判断ができずに、パニック状態になることもあります。

2. 喪失期
死を現実に受けと止め始めますが、まだ充分に受けとめられない段階です。号泣や怒り・敵意、自責感などの強い感情が、次々と繰り返し表れます。故人がまだ生きているように思ったり、そう振舞うこともあります。また、生前の故人と同じ症状が現れることもあります。この段階では深い悲しみが最も一般的な反応ですが、しっかり泣くことが重要です。医者などの誰かに、故人の死の原因を押し付けて敵意を向けることもあります。

3. 閉じこもり期
死を受け止めることができた段階ですが、そのために、従来の自分の価値観や生活が意味を失って、うつ状態に陥り、自分が存在していないような無気力な状態になります。生前にしてやれなかったことに対して、あるいは自分が死の原因を作ったのではないかなどの、自責感に襲われることも特徴です。

4. 再生期
故人の死を乗り越えて、新たな自分、新たな社会関係を築いていく時期です。積極的に他人と関われるようになります。

これらは一見、異常と思える状態ですが、悲嘆の反応としては、正常なのです。
ただ、実際には、それぞれの段階を順に進むのではなく、いくつかの段階が同時に現れたり、行きつ戻りつしながら、進みます。
悲嘆の感情は、大波小波が不規則に次々と押し寄せるように現れるのです。

「グリーフワーク」の期間には、個人差はありますが、第1〜第2段階は1〜2週間が一般的です。
また、「グリーフワーク」全体の期間は、配偶者の死別の場合で1〜2年、子供の死別の場合は2〜5年ほどと言われています。

鎌倉新書、グリーフケア参照


posted by ちゃけ at 23:34| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月25日

グリーフケアとは 1

最近耳にするようになった、「グリーフケア」ってなんですかという質問を頂く機会が増えました。

そこで鎌倉新書さんの文ですが、抜粋いたしました。

◆グリーフワークとは? グリーフケアとは?

 人は死別などによって愛する人を失うと、大きな悲しみである「悲嘆(GRIEF)」を感じ、長期に渡って特別な精神の状態の変化を経ていきます。遺族が体験し、乗り越えなければいけないこの悲嘆のプロセスを、「グリーフワーク」と言います。
 この悲嘆の状態は、心が大怪我をしたような状態ですが、自然に治癒の方向に向かいます。遺族はやがて、故人のいない環境に適応して、新しい心理的・人間的・社会経済的関係を作っていきます。「グリーフワーク」を経ることで、人は人間的に成長するのです。
この「グリーフワーク」のプロセスを支えて見守ることが「グリーフケア」です。
 悲嘆は愛する者を失った人が体験する正常な反応であり、誰もが「グリーフワーク」のプロセスを歩みます。
「グリーフワーク」のプロセスには、個々人によって違いもありますが、一般的なパターンがあります。この一般的なプロセスを正常な「グリーフワーク」とすれば、これからズレた病的な「グリーフワーク」の状態もあるのです。
 「グリーフケア」は、人が正常な「グリーフワーク」を歩むようにサポートすることです。

 最近では、徐々にではありますが、グリーフワークについて勉強し、グリーフケアを意識した接客や葬儀を行うことを心掛ける葬儀社や、グリーフケアを行う会を紹介してくれる葬儀社が現れました。あるいはなんらかの形でそういった会を主催する葬儀社もあります。

最近やっと、葬儀社様もグリーフケアに力を入れだしましたが、実際しっかりとやられている所は少ないのが現状です。
死別は、人生の中で一番つらく苦しい出来事だと思います。
気持ちが癒えるのは時間がかかります。
どうか、このことを理解してくれる人が周りに増えればと切に願っております。
そのために、微力ながら私も頑張ります。

posted by ちゃけ at 20:48| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月24日

ありがとう。また逢えるよね。―ペットロス心の相談室

この本は、筆者の体験から書かれたもので、体験した人にしか分からない気持ちの内側を書いてあるように思いました。
ペットロスになっている時は、他の人の一言一言に傷ついたりするものです。
しかし、その辺りも筆者の言葉で癒してくれます。

もし機会があれば読んで見ては!41HuP+oHC-L._SL500_AA240_.jpg
posted by ちゃけ at 22:58| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月23日

虹の橋

「虹の橋」これもかなり有名な詩ですね。
今まで、多くの人を癒し勇気付けてくれています。


天国の、ほんの少し手前には、
「虹の橋」と呼ばれる楽園があるのです。
この世でパパやママにとても愛された子達は、お別れを迎えると
虹の橋へと向かいます。



虹の橋の、緑の草原と丘の上。
子供達は思いきり駆け回り、友達と一緒に遊びころげています。
美味しいご飯も、新鮮なお水も、温かい日差しもいっぱい。
みんな、とっても気持ちよくて、ご機嫌。



病気をしていた子も、歳をとった子も
虹の橋では、元気いっぱいの姿に戻って
傷ついて動かなくなった手足さえ、元通り。
パパやママの心にある、あの一番輝いていた我が子が
そこには居るのです。



子供達はみんな、満ち足りた気持ちで、
幸せに暮らしているのだけれど
ただ、一つだけ....



そう、一つだけ....



離ればなれになってしまったパパやママのこと
それだけが気がかり....。







それは、いつものようにみんなで遊んでいた日のことでした。
ふいに、ある子が立ち止まり、遠くを見つめます。
その瞳は、キラキラと輝き、その体は、嬉しさに震えています。
突然、その子は仲間達を後にして、緑の草原を駆け出しました。
早く、早く、急げ、急げ。



あなたの姿を見つけたのです。



虹の橋で再会した、あなたと愛する我が子。
その胸に固く抱きしめれば、
もう二度と、離ればなれになることはありません。



懐かしいキスが、あなたの顔に降り注ぎ
あなたは、あの頃と同じように、優しく頭をなでながら
我が子の瞳を見つめ返すのです。
あなたを信じ切って見つめてくる、まっすぐな瞳。
お別れしたあの日から、ずっとずっと片時も忘れることの無かった
愛しいその瞳を。



そして、あなたは愛する子と手をつないで
天国への門をくぐるのです...。



作者不詳




posted by ちゃけ at 14:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月22日

残された者でできること

今日は、残されたものも悲しんでばっかりいられない。
亡くなられた人・子の分まで頑張らなきゃと思えるような
作品です。

動画ではなく漫画になります。
http://www.fujiigumi.com/manga01/kahe_i.php?c=1

親から子、子から孫、そして祖父母と孫。
今まさに、私がやりたい祖父母とお孫さんを結びつける試みです。
posted by ちゃけ at 23:14| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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